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  RAM’s Voiceは、カントリーからボサノヴァ、ラップに至るまで
あらゆるジャンルの曲でキリストを伝える綾塚ロッキー&マーラのゴスペル・デュオ。

北九州市は戸畑生まれのロッキーは1994年以来
音楽、通訳、メッセージなどをとおしてイエス・キリストを伝え始める。

テキサスの田舎育ちのマーラは1997年
短期宣教師として初来日、北九州市の西南女学院で学生相手に伝道活動をする。
その中でロッキーと出会い2000年3月に結婚。

ゴスペル・コンサートからCD製作、子育てトークに英語教室まで
夫婦仲良くあの手この手でイエス・キリストを伝えている。
2004年に長女「華(はな)」、2009年には長男「海(かい)」誕生。

これまでに発表したCDは
「もうだいじょうぶ」(2001年)、「キリスト24/7」(2003年)、「Welcome Home」(2012年)。

また、2013年4月より開拓教会「BFF」を開始。

 
     
 
 
     

■お知らせ■





2017年度第42回北九州市民クリスマス実行委員長 挨拶
 
    Merry Christmas♪  
    実行委員長 
 日本イエス・キリスト教団 小倉教会 
 キム  ドワン
 金 度完
 
 
  「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」 
                                           (ルカによる福音書2章14節)
  約2000年前に、神がイエスという人の姿をされ、この地上に来られました。
  これは嬉しいことであり、喜ばしいことです。私たちを救うために来られたからです。
  クリスマスは最高にめでたい時です。神が人となられて来られるなんて、想像もできないことが現に起こりました。
  いと高き所からこの地上に来られたイエス様の誕生です。
  私たちが気づいてもない時に、天の神様が定めておられた方法で来られました。
  このイエス様の誕生の喜びを天使たちが羊飼いのところに来て歌ったのが、上記の言葉です。
  私たちは、イエス様を通して天におられる神様に出会えるのです。この世界と人間をお造りなった愛そのものである
お方に出会わせて下さったのがイエス様です。そして、このイエス様によって真の平和、平安が私たちの心の中に与え
られるのです。
  今年で43回を迎える北九州市民クリスマスが2018年12月2日、北九州国際会議場メインホールで開かれます。
  今年も北九州と近隣の諸教会、そして敬愛する諸先生方々と聖徒の皆様、そしてそのお友達、ご家族の皆様と一緒
にこの喜びを祝い、主の愛を分かち合いたいと願っております。

  今年は、メッセンジャーとして松原望先生(日本キリスト教団・八幡鉄町教会牧師)をお迎えいたします。
  ゴスペルシンガーとしてはロッキー&マーラーに来ていただきます。
  
  まず、祈りをもって備えて行きたいと願います。
  是非、この北九州市民クリスマスのために祈っていただきたいです。
  諸教会と皆様の上に神様の限りない祝福が注がれますようお祈りいたします。

 
 
         歓迎の言葉      
 
   北九州市民クリスマス実行委員会 会計監査担当

みどりの牧場キリスト教会

牧師 末崎 敏明 

 
 クリスマスおめでとうございます。

北九州市民クリスマスは、今年43回目を迎えます。

今年も北九州市内および近郊のキリスト教会の皆様の賛同をいただき、皆様方と一緒に御子イエス・キリスト様の御降誕をお祝い

出来ますことを心より感謝いたします。

 

 クリスマスは、私たちすべての人たちにとって喜びの時です。

この季節になると、町はイルミネーションで飾られ、商店街はクリスマスセールが行われ、子ども達はクリスマスプレゼントを

楽しみにします。

 

現在、世界は混迷を深め、将来に対しての不安が増し加わる暗い状況にあります。

2000年前、御子イエスさまが御降誕されたときも、世の中は暗い状況にありました。

御子イエスさまは、この暗い世の中に救いの光りを持ち運んでくださいました。

最初は小さな光でした。しかし、その光は、全地にあまねく広がり、人々に救いと希望を与えてくださいました。

 

「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、

いのちの光を持つのです。」        ヨハネによる福音書8章12節

 

 この光こそが、暗闇の中で苦しんでいる人たちに希望を与え、人間の本来の姿、愛に生きる者に戻してくださるのです。

クリスマスはイエス様の降誕記念日です。全能の愛なる神さまが、私たち人間を罪から救うために、救世主(メシア)である

御子イエス様をこの世に誕生させ、最後は十字架に架けて贖罪の小羊として下さいました。それによって私たちに救われる道

が開かれました。これは何という光栄なことでしょう。

 

本日、北九州市民クリスマスの集会に出席くださった皆様お一人お一人の心の中に、いのちの光りとして来られたキリスト様

がさらに輝き、喜びと平安に満たされますよう心から願い、お祈り申し上げます。

 



○どうして1224日の夜にお祝いするの? 

聖書にはイエスさまがいつお生まれになったのか、実は正確な年月も、どの季節だったのかさえも記していません。

 12月にお祝いするようになったのは、4世紀ごろからだといわれています。

 それはアジアの西の端で誕生したキリスト教が、初めに伝わっていった、ヨーロッパの冬と関係があります。

 日本よりも北に位置するヨーロッパ各地の、冬の夜は長く、木々はすっかり葉を落とし、また雪に閉ざされます。

秋から冬にかけて、太陽の輝く時間が短くなっていく季節は、大昔の人々にとっては深刻な恐怖でした。

「このまま太陽の力は弱くなり、なくなってしまうのではないだろうか…。」

しかし、冬至の日(1222日ごろ)を境界にして、また太陽は少しずつ光を取り戻します。ですから大昔から、冬至を過ぎると

人々は、太陽の勝利をドンチャン騒ぎでお祝いしました。

クリスマスは、そうした古くからの冬至の祭りを吸収したのです。

説明: 冬至.JPG
 闇が深く、闇が濃いこと。その暗黒に私たちは、悲しみや孤独、苦悩と

いったものを連想します。イエスさまは、その最も闇の深い世界にこそ、

救いの光をもたらす救い主だという信仰を、冬至の季節に重ねて、

クリスマスは1224日の夜からお祝いするようになりました。

一応深夜0時ジャストに生まれたということに定められています。

だから正式には25日がクリスマスなのです。




○アドヴェントって何? 

 その1225日のクリスマスを祝うための準備の期間、キリストを迎えるにあたって、世界の人々が自分に反省を求め

清められることを祈る期間です。

 1130日に一番近い日曜日から始まる、クリスマスまでの約4週間がアドヴェントの期間です。待降節ともいいます。

Adventoとは、ラテン語で「だんだん近づく」という意味と、また「迫ってくる」という意味があります。

 クリスマスは私たちが幼いイエスさまに近づくというよりも、まずイエスさまの方から私たちのもとに来てくださる

ということを忘れてはなりません。



○ツリーやリースを飾るのはどうして? 

説明: クリスマスツリー(市民クリスマス).JPG説明: リース②.JPG
 やはりキリスト教が伝わる以前の、ヨーロッパに

伝わる太古からの冬至の祭りと関係があるのではと

いわれています。
 
 モミの木などの針葉樹は、冬の間も葉を

落としません。 いつも緑です。

 そこに人々は永遠の、不滅の命を見つめ

憧れました。




 大昔からの冬至の祭りの飾り付けが、クリスマスのお祝いにもいつの間にか引き継がれたのでしょう。





○サンタクロースって、どんな人…?


 人物の起源は4世紀ごろの、現在のトルコの地方で活躍した、
ニコラウスという教会の神父さんでした。

説明: 聖ニコラウス(プロセス).JPG

 ニコラウスは、町の様子を絶えずながめ、たとえば商売に失敗して、一家が離れ離れに

なるような悲しみの中にある家族のもとには、こっそりと金貨や金のかたまりなどを届ける

心やさしい神父でした。

 そのころは洗った靴下を、夜中のうちに暖炉のそばにかけて干していたようです。

 ニコラウスは夜中にこっそり訪れて、その靴下の中にそっと贈り物を届けました。

 こう聞いて、ピンとくるところがあるでしょう。またそのころの神父さんは、赤いガウンや

マントのようなものをはおっていたようです。

 ニコラウスは、いつでも子どもたちへの贈り物も欠かさなかったようです。

 千年以上が経ちました。ニコラウスは「セイント()ニコラウス」として、ロシアの教会や、あるいはオランダでクリスマスを

迎える時期に重んじられる守護聖人とされていきました。



説明: サンタさん(プロセス).JPG 現在のようなサンタさんのスタイルになっていたのは、アメリカ、ドイツ、北欧と

いくつかの説がありその源流は、プレゼントを贈る聖人が、神さまの最大の贈り物である

幼子イエスさまと、古くからクリスマスを祝うことに結びつけられていたのでは

と、考えられます。






○「クリスマス」という言葉… 

「クリスマス」
という言葉は、二つの意味の言葉からなっています。それは「Christ」「mas」

 「Christ」は、「キリスト」のこと。「mas」とはカトリック教会の「ミサ」(misa)、つまり「礼拝」という言葉の

英語発音。だからクリスマスという言葉は単純に、「キリストを礼拝すること」という意味です。

 







 幼子イエスさまをお迎えするというお祝いを通して、世界の人々の魂が悔い改めて、新しく神さまのもとへと立ち返り、

心から神の子キリスト、そして神を心から礼拝するということを願ったお祭りだということなのです。


○クリスマスのお菓子やごちそうって?

 
クリスマスの代表的なお菓子といえば、たとえばドイツの「シュトーレン」があります。これは生地に、レーズン、クルミ、

オレンジピール、アーモンドなどを詰め込んで焼いたお菓子です。楕円形の生地を、二つ折りにしたフットボールのような形ですが

それが布にくるんだイエスさま

説明: パネトーネ.jpgの形に似ているといわれています。

説明: シュトーレン.jpg それをカップケーキのように縦長に焼き上げたのが、イタリアのクリスマスお菓子

「パネトーネ」。  これらはどちらかといえば、とても素朴な味で、熱~いお茶と

一緒にかみしめて、深い味を楽しむお菓子という感じです。



 クリスマスのごちそうには、七面鳥やチキン一羽丸々のローストが代表的で、他にもローストビーフやミートローフ…などが

あります。でもほんとのところ、これという決まりなんてありません。

たとえばおにぎりだけであっても、みんなでゆるし合い喜んで、感謝していただければ、りっぱなクリスマスのごちそう…。

 だってイエスさまは貧しくお生まれになったのだから、そのほんとの喜びを静かに味わって、世界中に救いの喜びが伝わるように

神さまがもたらす平和を祈るのが一番大切なことなのですからね…。

○「きよしこの夜」ってどんな歌?

 
1818年のクリスマス…。オーストリアのアルプスに近い、雪の深いオーベルンドルフという町の教会でのことでした。

 ネズミがオルガンをかじってしまい、音が出なくなってしまったのです。

 急きょ、その教会のヨゼフ・モールという神父が以前から書いていたクリスマスを歌う詩に、フランツ・グル―バーという

小学校で音楽を教える先生がメロディーをつけました。

 ギターで伴奏をして、そのクリスマスの一夜のために、一回だけ歌われる目的だったのです。

 ところが不思議な出来事がいくつか続いて、その夜だけの楽譜は、春になって町に伝わり、いい曲だということでだんだんと

いろんな町で歌われ、人気の曲になっていきました。

 はじめはチロル民謡として伝わりましたが、あまりに美しい歌にみんなは

 「こんなきれいな歌は、きっとハイドンの作曲だ!」

 「いや、モーツァルトにちがいない!」と、いろんなことを言い出したのです。

 そして何十年もたってから、まわりにまわった楽譜が、とうとうほんとうの作曲者であるグル―バーの目にとまることに

なりました。

説明: きよしこの夜礼拝堂.jpg 「これは、私が作った曲だ。」

 グル―バーはそう言って、いくつかのまちがった音を直して

正式な楽譜となりました。

 でもその時、歌詞を作ったモール神父はすでにこの世の人では

ありませんでした。

 「きよしこの夜」は、今では世界中の人々にもっとも愛されている

クリスマス・ソングと言っていいでしょう。

 でもその最初の誕生といえば、それは静かで小さな出来事でした。

 どこか、イエス様の誕生の出来事に似ていますね。

 (オーベルンドルフの「きよしこの夜」記念礼拝堂)

 
 
 

 天使が告げた… 

 イエスさまのお母さんとなったマリアは、きっとまだ二十歳前だったといわれます。そのころの女性は

それぐらいで結婚したからです。

 夫となるヨセフとの婚約期間、マリアのもとに天使ガブリエルが現れます。

神の霊により、神の子を授かるので、「イエス」と名づけなさいと告げました。

 「おめでとう、恵まれた方」(ルカ128)[ラテン語で、Ave  Maria]と天使は告げます。

 でも、実はあんまりめでたいことではありませんでした。婚約期間に身ごもることは、神のおきてに反することだったからです。

 しかしマリアは、「お言葉どおり、この身に成りますように」と答えました。





















説明: マリアへのお告げ②.JPG


 この言葉は英語ではlet it be」「may it beなどと訳され、「なすがままに」

という意味だと言われます。でもそれはフワフワと流れるように生きることではなく

 神の子イエスを預かることで身に受ける困難も、神の恵みとして受けとめますという

マリアの決意の言葉なのです。






ローマ帝国の人口調査 イエスさまが生まれたころのイスラエルという国は、大ローマ帝国に支配されていた時代で

人々はローマにたくさんの税金を納めなければなりませんでした。ローマ皇帝アウグストゥスによる、徴税のための

人口調査がありました。その最中にイエスさまは生まれたということです。


それは人間の歴史の中に、確かに神の子が来られ、救いが始まったということを告げているのです。
 

説明: ベツレヘム.JPG 宿屋はどこも満室 この人口登録は、いちいち自分の生まれ故郷にまで

帰らないといけない面倒くさいものでした。夫ヨセフは、ナザレという町に

住んでいましたが、故郷はベツレヘムという町。ナザレからは100キロ以上

も離れています。

すでに身重になっていたマリアと一緒に旅するのは、大変なことだったでしょう。

ベツレヘムの町は、その登録で人があふれていたのか、泊まれる宿屋がありませんでした。

イエスさまは馬小屋に生まれたの…?

 
生まれたばかりのイエスさまは「布にくるんで飼い葉桶に寝かせた」(ルカ27)と、書かれています。

 馬小屋に生まれたとは聖書には、はっきりと書かれていませんが、「飼い葉桶」とは、馬や牛などの家畜のえさ箱。

 宿屋には泊まる部屋がなかったので、物置小屋のような場所に泊ったのでしょう。物置小屋はまた、馬やロバを泊める

場所でした。

 家畜がすごすような部屋に生まれたイエスさまの誕生は、ほんとうのところ人間としてはとても悲しい誕生の姿だといえます。

 それは神の子イエスさまが貧しい姿として生まれた代わりに、反対に私たちの命のために、神さまは全部のものをくださる

というしるしでもあるのです。

説明: 馬小屋.JPG

 その夜は誰ひとり、イエスさまの静かな誕生に、気づく人々はいませんでした。

初めに救いの喜びが伝えられたのは…
 説明: 羊飼い②.JPG ただ夜空の下で、野宿をしていた羊飼い

たちにだけには、天使の軍勢が現れて

イエスさまの誕生が知らされました。

彼らは天使のいったとおり、イエスさま

が誕生したその場所を訪れたのです。






 羊飼いの人々は、そのころ、最も貧しく、身分も低い人々でした。神の子、救い主がお生まれになったクリスマスの喜びは

貧しい人々や悲しんでいる人々にまず伝えられるというしるしが、ここに込められています。



「賢者の贈り物」  遠く東の方の国々の、今でいうアラブの方の国の占星術の学者たちも、星の動きからイエスさまの

誕生を見つけ出しました。

 その子どもを一目見ようと、はるかなイスラエルの国まで訪れてきました。


説明: 11.JPG 動く星に導かれてベツレヘムの、幼いイエスさまのもとにたどりついたとき

彼らはあがめ、
「黄金、乳香、没薬(もつやく)(マタイ211)という三つの贈り物

をささげました。

 贈り物が三つであるところから、三人の人物のようにとらえられていますが

実際はもっと大人数の旅の一団だったかもしれません。

 遠い国からの学者の訪問は、イエスさまが世界の人々の救い主であることを示しています。   

(絵はウルグアイのクリスマス切手に描かれた三つの贈り物)

 

 (C)2018 北九州市民クリスマス